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<毛利シリーズ㉓話>
時は戦国時代 後期
天文22年(1553)9月
毛利元就 隆元父子は 大内と交わしていた盟約を反故にされたことを口実に、大内の従属を解消し 独立を宣言した。
『防芸引分』と呼ばれる毛利の独立戦争は支度を整えていた毛利方の優勢で進み、大内直轄の城を次々奪い安芸や備後を統治下としていった。
それに怒った大内義長と陶晴賢は、毛利の周防入を阻止すべく 宮川房長を大将とする軍を派遣するも、元就の誘引策に嵌り軍は壊滅、宮川は自刃して果てることになった(折敷畑の戦い)。
それを聞いた陶は、自ら大将となり兵2万に400艘もの船団を動員し岩国へ向け出陣。
山岳での局地戦にもっていきたい元就の狙いを逆手に取り 陶は全戦力を動員し厳島に上陸。
意表を突かれた毛利方であったが村上水軍の援軍も加わり、陶本陣への一か八かの朝駆け策を決行
奇襲は成功し、大将の陶晴賢や 弘中隆兼、三浦房清といった重臣を討つ大勝利となった。
この『厳島の戦い』で多くの兵と船を失った大内方の被害は甚大であったが、深刻なのは二度の大敗が招く威信低下であった。
その影響はすぐにも現れた。
吉見や椙杜、福屋といった国衆が大内に先はないと見限り毛利に転じはじめたのだ。
名家である大内を滅ぼすことに消極的な元就であったが、当主 隆元や毛利一門譜代衆の強い懇願を受け、大内領への侵攻を決断。
毛利主力に小早川や村上の軍を山陽の周防へ、吉川元春を大将とする別働隊を山陰の石見へ進軍させ『防長経略』と呼ばれる戦いは始まった。
順調に石見領を獲ていく吉川軍に対し、周防攻めは難航した。
岩国から先の鞍掛山城や須々万沼城攻めに時を要し、また各地で勃発する反毛利派による叛乱対応、更には勢いに乗じ吉川軍が尼子領である石見銀山を奪ったことで尼子晴久にも対応せねばならなくなり、大内方の士気は徐々に回復していった。
『防長経略』が始まって1年半が経過した弘治3年(1557)2月。
尼子晴久が出雲に戻ったことを確認した元就は、小早川隆景、毛利隆元、二人の倅が攻め落とせなかった天然の要害 須々万沼城攻めを決断。
策を用い江良賢宣を降伏させ、山崎興守を自害に追い込み遂に沼城は落城となった。
この沼城攻めが難航した場合に備え 元就は後詰阻止の策も打っていた。
その策を携えた杉重輔は防府湊に向かった。
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※個人制作となりますので誤字脱字等ありますことご了承ください
※通説に基づきつつも一部ユキムラ流に脚色を加えた合戦解説となります
※合戦や物語の出来事は諸説あります
※制作の都合上全ての情報や登場武将を網羅してはおりません
※登場人物名は改称時期に拘らずわかり易い表記で記載しております
※演出時に大きな音が出る場合があります
※2025年時点での歴史資料を元に作成しております
※イラスト提供:史環 殿
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